たら私はいつどこで、そんな夢を見たんでせう? どうしてそんな空想に耽るやうになつたんでせう? いゝえ、それは物語や小説でみた男の顏でも威嚴でもないことはたしかだわ。
それがね、(と、よしのさんは種あかしをするまでの時間をなるべく長くしようとするやうに言葉を切つて)つい今のこと、たつた今のこと、ふつと思ひがけなくそれが思ひつけてよ。なんだと思ひなすつて? それはほんとに馬鹿馬鹿しいことなのよ。
まあ聞いて頂戴! それは犬なんですよ。犬の威嚴だつたのよ!
なんだかちんぷんかんなことを言つてるでせう、わたし。ね、それはかういふことなの。もう隨分前のことだわ、いつか私が、戸山が原……ぢやなかつたかしら、だけどなんでも原にはちがひなかつたと思ふわ、その原をどうかして私が通りかゝつた時のことなの。
一面に枯芝を纏うたほのかな起伏が、波を打つて續いた野のはてに、それはそれは大きくまつ赤な入日が、まるで血のやうに燃えて輝いてゐました。夕日を浴びた樹立は、尖つたその頂上を空に向けて靜止してゐました。だのにそこらをうろうろと散歩してる人間どもが、その時どんなに見すぼらしく貧弱に私の目に見えたことで
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