せう!
折も折、ふと出逢つたのは、それはそれは大きな犬な[#底本は「な」が脱字]んです。二十ばかりの書生らしい男に連れられて、その鎖つていつたら、こんな太さ! 全身が熊のやうにまつ黒で、さうして胸から腹の方にかけて少し白いところがあるの。
まあその犬のおごそかな風采といつたら!
ちようど外の人達に連れられてゐた小さな犬達が、二三匹集つて臆病さうに吠えたてゝゐるのを、立ち止つて足を揃へて、睨めるやうにぢつと見つめてゐるその容子の立派だつたことつたら……威風あたりを拂ふとでもいふのでせうね、凜とした、さうしておほきな感じのするあの威嚴を、私はとてもとても人間には見ることができないとその時思つてよ。私はさういふ犬を持つてゐる主人が羨ましくなつて、その犬を連れてゐる書生さんまでが羨ましくつてたまらなかつたの。私は暫くの間ぢつと立つてその犬を見つめてゐてよ。
それぢやありませんか。その犬の威嚴を、私は再び人間の上に見ようと搜してゐたんぢあありませんか。今まで、長あい間。馬鹿ねえ私も隨分。
あゝ、解つてみりあばかばかしい、ほんとにばかばかしいつたらありやしない!』
底本:「水野仙子
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