、さうでもないやうなんだわ。なんていつたらいいでせうね、威嚴が缺けてる――いやいやさうぢやない、十分あの人には威嚴だつて備つてゐると私思つてるんだから。だのに、なぜかもつともつとどうかしてなけりあならないやうな氣がして仕樣がないのよ。
 それはそもそも私があの人を見はじめた時から、私の心はすつかりあの人の持つてゐるもので滿足してしまひながら、それでもなほどつかに、あるもの足らなさが潛んでゐたんです。
 ね、一體それはなんだと思し召して?
 だけど、それは良人にばかし懷く私の心持ぢやないんですの。世の中のありとあらゆる――少くも私の見たかぎりの男に、私はいつもその物足らなさを味はゝされてゐるわ。あ、この人だと一目で思はれるやうな男に、私はまだ一度だつて半度だつて出つくわしたことがないんだもの。恐らくこれから先だつて、そんなことはないだらうと私自分でも思つてゐるわ。その癖私は曾て一度、確にさういふ人に出逢つたことがあるやうにも思はれるほど、さういふ男がなければならないやうに信じられてならないのよ。
 私は夢でもみてるんでせうか? とんでもない空想にたぶらかされてるんでせうか? ねえ、さうし
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