も言葉を挾む者がなかつた。
『何だか知れないが獨語《ひとりごと》をいつては泣いてるんだ。三つ位の男の子をおぶつてるんだが、その子供がまた火のついたやうに泣いてるんだ、「あつち! あつち!」と、子供は後の方をゆびさして、一所懸命に手足をじたばたさせながらふんぞりかへつてゐるんだ。その子供の一所懸命な力で、母親は時々倒れさうになるんだけれども、「おゝよしよし、泣くなよ、今にいゝとこさ連れてつてやつからな。」なんて言ひながら、またぶつぶつと獨語をいひ出すんだ。「死んぢまふ、死んぢまふ、さうだ死んぢまふ、何もかもみんな持つてつちまつたんだ、着物一枚、錢一錢だつて殘つてやしない、あんな家さ歸つたつて仕樣がねえ、さうだ死んぢまふ、死んぢまふ、のんだくれて歸つて來て、おらを出て行けだつて、打つたり叩いたり……」こんなことを言つちやあくよくよと泣いてゐるんだ。「父ちやん! 父ちやん!」つて子供が泣くと、「おゝよしよし、あんな父ちやん戀しがんでねえぞ、父ちやんはな、あつちや行つちまつたんだ、おゝ、さう父ちやん父ちやんていふなよ!」そしてまたおろおろと泣き出すんだ……』
『はゝあ、夫婦喧嘩でもして來たんだ
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