つて來たのかい?』と、びつくりした聲が中から應じた。
『ちらちらやつて來ましたよ、このこまかい雪の模樣ぢや、本ぶりかもしれないですね。』
『おやおや。』
『道理で何だか寒いと思つた――また明日は大變だぞ。』
 板戸が閉められて、新來の客の席を取るけはひがした。
 私は首を擡《もた》げて、窓の硝子の外をのぞいて見た。けれどもその内側に光る硝子の外はたゞまつ暗で、耳をすましても、雪の降るらしい音も響もなかつた。しかし雪といふ言葉を聞いた刹那から、ひえびえとした寒さが襟元を襲つたやうな氣がした。二月といつても、北國ではまだ冬の最中なのだから。
『僕は今途中でへんな目にあつて來たんですがね――』と、新しい聲がおづおづ何かに氣をとられてゐるやうに言ひ出した。
『何だい、どうしたんだ?』
『僕がこゝに來ようと思つてね、あの專賣局の裏道を來ると、まつ暗い中に一人の女が蹲《うづくま》つてゐるんだ。そして何か獨語《ひとりごと》をいつてるんだ。僕は氣狂だらうと思つて、遠卷に通り過ぎながらよく見ると、泣いてゐるんだね、はてなと思つて暫く立ちどまつて見てゐたんだ……』
 みんなが耳を聳《そばだ》てたらしく、誰
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