誰かゞ火鉢を掻きほじつたらしく、ぱちぱちと炭のはねる音がした。
『神崎は遲いね。』
『いつたい何時頃ですか、もう?』
『……八……時四十七分。』
『時に、君は子供が何人あるんだつけ?』
『三人半です。』
『半とは……?』
『半分だけ出來てるんです、つまり胎生五ヶ月でさ。』
『ふゝゝ、君も隨分盛んだねえ、いつも會ふ度に子供が殖えてるぢやないか、子供を作るのをたゞこれ事としてるんだらう。一體君が眞面目くさつた顏をして、修身の講義なぞをしてるのかと思ふとをかしくなるよ。』
『何しろ吾人々類の究極の目的は、アミイバの昔よりたゞ生殖にありですからね。』
『とすると、君は大に人類の目的を果してゐるわけなんだね、はつはゝゝゝ。』
 私はくるりと横を向いて、背をその壁の方に向けた。手に取る如く聞える隣室の話にわづらはされまいとして、顏をしがめたり、目を閉ぢたりして見るけれど、氣にすれば氣にするほど却つて神經はあらはになつて、いつしかまた物音や話聲に觸れて行く。
『今晩は。』
 重い板戸が開いた。
『やあ、遲いぢやないか、まあはひり給へ!』
 廊下の外では着物の袖か何かを拂ふ音がして、
『なんだ、降
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