ね。』と、小聲で誰かゞ言葉を挾んだ。
『僕は何だか氣味が惡くなつてね、うつちやつて來るわけにもいかず、ぢつと隱れるやうにして後の方に立つてゐると、やがては女はすたすたと歩き出すんだ、それが裸足でね、そして二三間あつちに行つたかと思ふと、またこつちの方に引き返したりして、しよつちうぶつぶつ口の中で何か言つてるんだ。何でも二三十分間あつちに行つたり、こつちに行つたりしてたらうね……』
『一體君がそこにゐるのを女は知つてたのかい?』
『さあ、あたり前なら氣付かない筈はないんだが、どうですかね、併しどつちにしろそんな事はあの女に取つて別に問題ぢやないんでせう……』
『まあ、それからどうしたんだい?』
『暫くそんな事をしてましたがね、今度は突然すたすたと歩き出した。僕はぎよつとしましたね、何だか汽車道の方を目指して行くのらしいんだ。子供は聲を嗄《から》して一層烈しく、「いやあいやあ、あつち! あつち!」とひつくりかへる、それでも女はすたすたと、今度は後も見ずに歩いて行くんだ。僕は仕方なしにやつぱり後について行つた……女はどんどんと怖いものを知らないやうに闇の中に突進して行く。子供の泣き叫ぶ聲がだ
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