。電燈は夜の世界から完全にこの一室を占領したのに滿足したらしく、一時自信をもつてその光輝を強めたけれども、やがて彼はその己の仕事になれた。さうして最早一定の動かない光をのみ、十分なる安心と、僅なる倦怠とのうちに發散した、恰も私一人の上にはそれで十分であると見きはめをつけたかの如くに。
私は無意識に手をのばして枕許にあつた本を取り上げた。それはグリムのお伽噺であつた。そしてやつぱり無意識にぱらぱらと頁を繰つた。ふと扉のはしの方に何か鉛筆で書き込んであるのが目についた。
「奇蹟は信仰の副産物なり――」
それは確に自分の字であつた。いつ何を感ずつてこんなことを書いたのであるか、今ははつきりしなかつたけれども、とにかくある思想の閃がそのとき私をこんな言葉に驅つたのであらう。私は擽《くすぐ》つたいやうな氣がしながら、やつぱり眞面目になつて、この言葉の内容を吟味しかけた。
ちようどその時であつた。突然どつと隣室に笑聲が起つた。私はびつくりして眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]つた。けれども、その笑が何も自分に關係のないのを知ると、また再び靜な自分にかへつて、あてもない瞑想を續けよ
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