を固執する。誰も彼女を見てゐる者がない、そして誰も救を求むる子供の聲に耳を藉《か》す者がない。よしや彼女の覺悟が一時の思ひつきであるとしても、はづみはどんな完全な機會をその死に與へようとも限らないではないか。
吾々は人が決して生きる事が不可能でないのに死なうとしてゐる時、もしくは死ぬかも知れない時、十分に人力の及ぶ範圍を持ちながら袖手傍觀してゐていゝものであらうか。或は人の運命といふものは、私達の盲目な力によつて左右され得るものではないかも知れないけれども、また大きな運命の繰る道具として、ある一つの運命にかゝりあふことがないとも限らない。よしんばその己の役目でもない役目に飛び出したとして、「お前の知つたこつちやない!」と、不可知の力から叱りつけられ嘲笑はれた場合には、その時こそ初めて首を垂れて引き下ればいいわけではないだらうか。初めから「どうならうと私の知つたことではない。」とすましてゐるのは、謙遜には似て、却つて運命の意志を忖度し、窺ふことである、そしてそれは何といふつめたい態度であらう!
私はこんなことを考へてゐた。それは私の良心に打つ早鐘であつた。そしてひとりで、隣室の誰一人
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