だ!』
『何しろ今に十時の上りが來るよ!』
 そして人々は變に乾いたわらひ聲をあげた。
『いつか……二三年前の事だつたが、公園の後の鐵道に男が一人ひつかゝつたんですね、無論自殺です。その時あとでその男が麥畑の中にしやがんでゐたのを見たといふ者があつて、そこに行つて見ると、煙草の吸殻が十本ばかり落ちてゐたつていふんですな。こんなのを見ると、いよいよとなつて飛び込む前に、隨分死なうか死ぬまいかと考へるものらしいつて、その時立ち會つた巡査が言つてましたよ。何しろ……』
『あ! 汽車ぢやないか?……』と、誰かゞ言つた。
 人々は默つて耳を欹てた。
『風の音だよ!』
 いかにも、少し風が出たらしく、地上に大きく轉んで立木に當る音が、やがてさらさらと音をたてゝ引いて行つた。
 吾等、死の傍觀者たち[#「たち」は底本では「だち」]!
 私の心はひどくくるしめられてゐた。
 今一人の女が、暗い闇の中を、吹雪の中を、死と生との不確實な境界線を彷徨してゐる。彼女の夢心地を僅に現實にかへすものは、その背に泣き叫ぶ子供の聲であるけれども、しかも彼女はその痛さに刺戟されて、ますます夢の中に己の取らうとしてゐる道
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