全身耳のやうになつて息を潜めてゐるのであつた。體が石のやうにつめたく固くなつてゐた。
 一體誰もその女を助けようとはしないのだらうか?
『汽車に轢かれるつもりかも知れないね。』と、暫くして一人が云ふ。
『なあに、大丈夫だよ、そんなに滅多に死なれるもんか!』
『併しどうだかわからないよ、何しろ笑談ぢやあんなところをうろついてゐられないからね。』と、それを振り捨てゝ來た男の聲は言つた。
『なあに、それあ死なうと思つてるのはほんたうかも知れないが[#「ないが」は底本では「ないか」]、幾らさう思つたつて、さう造作なく死なれるもんぢやなあいよ[#「なあいよ」はママ]。汽車がごうとやつて來て見給へ、恐しくなつて急に目がさめてしまふよ、打つちやつて置いたつて大丈夫さ、誰だつて命の惜しくない者はないからね、いざとなるとやつぱり考へるよ。』
『考へたら勿論死ねないさ。併し、ほんとに死ねる時には、そんな考へるなんて事がないんぢやないのかね、女なんか殊に思ひつめて飛び込むんぢやないのかなあ。』
『そんなのはよつぽど死神にとつつかれてゐるんだ、そしてそんな奴は生きてたつて仕樣がない、どんどん死んぢまつていゝん
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