たか私はようく知つてゐます。それだのに人々はもう先刻から外に出てあなたを待つてゐました。さあと促されて、一歩片足があの火屋の閾の外に出た時、『わつ!』といつてあなたは突然體を二つに折つてしまひました。たうとうかなしみの極で堤が切れてしまつたのでしたね。その刹那あなたの程近にゐた私は、いきなり自分も共にわつとなつて、あなたを抱きしめたいと思ひました。けれどもやつぱりそれを堪へました。あなたをしてそこで思ふさま泣かせる事の出來ないのを[#「出來ないのを」は底本では「出來なないのを」]口惜しくかはいさうに思ひながら、私はたゞ默つて、冷く瀧のやうに流れるものを拭ひもあへずに、あなたの袂の先を掴んで思ふさまそれを握りしめました。その袂を強く引く事すらも敢てしなかつた私を、ハンカチでぴつたりと顏を押へてゐたあなたは恐らく今まで御存じがなかつたでせう。あなたが顏をあげた時には、みんながびつくりしてこちらを振り向いてゐましたので、佐瀬家の親戚としては全く存在を認められない位の私が、こんなにも泣いてゐるといふ事を恥かしく隱すやうな氣持で下を向いてゐましたから。その時は私の持つて出たハンケチと鼻紙とは、殆
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