たやうに頭から離れないで――今から考へるとをかしいやうだけれど、あの頃はAがわるかつた時分でせう、そして私は元氣でぴんぴんしてゐたのですから、私はすつかり自分が遺されるものだとばかり思ひ込んでゐたのでした――もう既にその時が來たのでもあるかのやうに、あなたの哀痛と私のそれとが一所くたになつて、又その癖百合さんがかはいさうだかはいさうだと始終胸の中で呟きながら、闇の夜の俥で誰にも顏を見られないのを幸ひ、ひた流しに涙を流しながら運ばれてゆきました。一生の中で……と、もう言つても差支ないでせう、あんなに泣いたのは、お父さんお母さんのなくなつた時とあの時と[#「あの時と」は底本では「あの。時と」]だけで、あの時はお父さんお母さんの時よりも、もつともつと泣いた位に私は記臆してゐます。それはそれだけ私達が大人になつて、いろいろ憂きくるしみを實際に知つて來たからなのでせう。[#「でせう。」は底本では「でせう、」]
 かうしてあの暗い野道を、車夫達は掛聲から掛聲を送りながら、あの暗い險しい寂しい火葬場のある山の下に着きました。私達はそこからみな徒歩《かち》になつて、おぼろな弓張提燈の導くのをたよりに、
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