ルで手を拭つてゐるところへ、昇汞水《しようこうすゐ》に浸した脱脂綿を持つて來た。
「先生一寸。」と言ひながら、その上着の袖口を摘《つま》んだ。
「何だい? 大便《ゴウト》かい? ひやあ!」
 醫員は苦笑して一寸寢臺の方に眼をやつた。
 それまで男はさも途方に暮れたやうに同じ所につつ立つてゐたが、
「困つた!」と呟くと、漸く諦めたやうに死骸の側に寄つて、無器用な手付ではだけた襁褓《むつき》などを始末にかかつた。
「まだこんなに温いんですが……」と、肌に障《さは》つて見て、彼はやつぱり思切《おもひきり》わるさうに醫員の方を振り返つた。
「あたたかくともだめです。」
 醫員は再びきつぱりと言つた。それでもあまりに取りつき場のないのに氣がついたやうに、やがて言葉をやはらげて、
「どうもお氣の毒な事をしましたね……あなたのお子さんですか?」
「いいえ、私の妹の子なんですて……」
「とにかく所と名前とを聞いて置きませう。」
 醫員は椅子について、腕を伸してペンを取つた。
「名前は私の名でいいでせうか、また……」
「いいえ、その子供の名前です。」
「苗字《めうじ》は若林つていふんですが、はて名前はな
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