「この鏡はふしぎな鏡だな。この鏡に映る影と、人間の想像とのあいだに何か不思議な関係がある。この部屋と、鏡に映っている部屋と、同じものでありながら、しかもだいぶ違っている。これは僕が現在住まっている部屋のありさまとは違って、僕の小説のなかで読んだ部屋のように見える。すべてありのままとは違っている。一切のものは事実のさかいを脱して芸術の境地に変わっている。普通ならば、ただ粗末な赤裸裸《せきらら》の物が、僕にはすべて興味あるものに見える。ちょうど舞台の上に一人の登場人物が出て来ただけで、もうこの退屈で堪えられない人生から逃がれて愉快になるようなものである。芸術というものは、疲れ切った日常の感覚から逃がれ、不安な日常の生活から離れて自然に帰り、また、われわれの住む世界から懸け離れた想像に訴えて、自然をある程度まであるがままに生かして、あたかも毎日なんの野心もなく、なんの恐れをも持たずに生活している子供の眼に、そのまわりをめぐる驚異の世界を示して、それに対してなんの疑いをも懐《いだ》かしめないようにするがごときものではあるまいか。今のあの鏡のうちにうつる骸骨をみると、怖ろしい姿に見える。その骸骨
前へ 次へ
全43ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
マクドナルド ジョージ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング