と心よい微笑がほころびた。
 だがそれは刹那の微笑だった。情に負けずに、不断に張り切っていなければならぬ為政者《いせいしゃ》としての冷厳な心を取り返して、荒々しく叱りつけた。
「不埒者《ふらちもの》たちめがっ。引っ立てい!」
「いえあの、そのような弄《なぐさ》み心からでは厶りませぬ! 二人とも、……二人ともに……」
 必死に道弥が言いわけしようとしたのを、
「聞きとうない! 言いわけ聞く耳も持たぬ! みなの者をみい! 夜の目も眠らず予の身を思うておるのに、呑気《のんき》らしゅう不義の戯《たわむ》れに遊びほうけておるとは何のことか! 見苦しい姿見とうもない! 早々に両名共追放せい!」
 ややもすれば湧き立とうとする人の情と人の心を、荒々しい言葉で抑《おさ》えつけるように手きびしく叱っておくと、傍《かたわ》らを顧《かえり》みて対馬守はふいっと言った。
「そろそろその時刻じゃ。微行《しのび》の用意せい」
 ――九重《ここのえ》の筑紫の真綿軽く入れた風よけの目深頭巾《まぶかずきん》にすっぽり面《おもて》をつつむと、やがて対馬守は何ごともなかったように、静かな深夜の街へ出ていった。

     
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