っとなって居住いを直すと、騒がずに気配を窺った。
だがやはり音はない。息遣いも剣気も、刺客の迫って来たらしい気配は何一つきこえないのである。
「大無! 大無! また消えおったぞ」
「はっ。只今! 只今! 只今新らしいお灯り持ちまするで厶ります。――重ね重ね奇態で厶りまするな」
「ちと腑《ふ》におちぬ。油壷予に見せい」
覗《のぞ》いた対馬守の面《おもて》は、まもなく明るい笑顔に変った。消えた理由も、燃えない仔細も忽《たちま》ちすべての謎が解けたからである。
「粗忽者《そこつもの》共よ喃。みい。油ではないまるで水じゃ。納戸《なんど》の者共が粗相《そそう》致して水を差したであろう。取り替えさせい」
「いかさま、油と水とを間違えでもしたげに厶ります。不調法、恐れ入りました。すぐさま取替えまするで厶ります」
「しかし乍ら――」
「はっ」
「叱るでないぞ。いずれも近頃は気が張り切っている様子じゃ。僅かな粗相をも深く耻《は》じて割腹する者が出ぬとも限らぬからな。よいか。決して強く咎《とが》めるでないぞ」
「はっ。心得まして厶ります。御諚《ごじょう》伝えましたらいずれも感泣《かんきゅう》致しまする
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