も充分厶りますのに――」
「喃!……充分あるのに消えると申すは不思議よ喃。もし滅火の術を用いたと致さば――」
「忍びの術に達した者めの仕業《しわざ》で厶ります」
「そうかも知れぬ。伊賀流のうちにあった筈《はず》じゃ。そう致すと少し――」
「気味のわるいことで厶ります。御油断はなりませぬぞ」
「…………」
「およろしくば?」
「何じゃ」
「さそくに宿居《とのい》の方々へ御注進致しまして、取急ぎ御警固の数《すう》を増やすよう申し伝えまするで厶りますゆえ、殿、御意《ぎょい》は?」
「…………」
「いかがで厶ります。およろしくば?」
「騒ぐまい。行けい」
「でも――」
「国政多難の昨今、廟堂《びょうどう》に立つものにその位の敵あるは当り前じゃ。行けい」
 秋霜烈日《しゅうそうれつじつ》とした声だった。
 斥《しりぞ》けて対馬守は眼鏡をかけ直すと、静かに再び書見に向った。――読みかけていた一書は蕃書取調所《ばんしょとりしらべじょ》に命じて訳述させた海外事情通覧である。
 しかしその半頁までも読まない時だった。じいじいと怪しく灯ざしが鳴いたかと見るまに、またパッと灯りが消えた。同時に対馬守は再びき
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