》持参せいと申しているのじゃ」
いぶかり乍ら格之進が取り揃えた奉書を手にすると、対馬守はきりっと唇を決断そのもののように引き締めて、さらさらと書きしたためた。
「ポルトガル国トノ交易通商ハ、最早ヤ断乎トシテ之ヲ貫ク以外ニ途ハナシ。早々ニ条約締結ノ運ビ致スヨウ、諸事抜リナク御手配《おんてはい》可然候《しかるべくそうろう》。人ノ命ニ明日ハナシ。ソノ心シテ諸準備御急ギ召サルベク安藤対馬シカト命ジ置キ候」
筆をおくと凛として言った。
「予が遺言に――、いや、夜がいか程|更《ふ》けておろうと火急の用じゃ。すぐさま外国奉行の役宅へ持参させい」
「ではもうやはり――」
「聞くがまではない。ちらつく……、ちらつく、予の目には只あれがちらつくばかりじゃ……」
声をおとして、他を顧《かえり》みるように言うと、対馬守は静かにきいた。
「湯浴の支度は整《ととの》うておるであろうな」
「おりまするで厶ります」
――入念な入浴だった。
そうして夜が白々と明けかかった。紊《みだ》れも見えぬ足取りでお湯殿から帰って来ると、対馬守は愈々《いよいよ》静かに言った。
「香を焚《た》け」
いかにも落ちついた声なの
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