「夜明けのせいか、めっきり冷えが増して参ったように厶ります。お微行《しのび》のあとのお疲れも厶りましょうゆえ、御寝《ぎょしん》遊ばしましてはいかがで厶ります」
「…………」
「な! 殿!」
「…………」
「殿!」
「…………」
「きこえませぬか。殿! もう夜あけに間も厶りませぬ。暫しの間なりとお横におなり遊ばしましてはいかがで厶ります」
「…………」
「な! 殿!」
「…………」
「殿!」
そのとき、死像のように声のなかった対馬守が、ふいっと面をあげると突然言った。
「あすは十五日であったな」
「はっ。月次総登城の御当日で厶ります。それゆえ暫しの間なりとも御寝遊ばしましてはと、先程から申し上げているので厶ります。いかがで厶ります」
「それよりも予の目のうちには、あれがちらついておる。……屋台店の寂《さび》れがちらついておる……。たしかに十五日じゃな」
「相違厶りませぬ」
「しかと間違いあるまいな」
「お諄《くど》う厶ります」
「諄うのうてどうしょうぞ。月次総登城とあらば、諸侯に対馬の動かぬ決心告げるに丁度《ちょうど》よい都合じゃ――硯《すずり》を持てい」
「はっ?」
「紙料《しりょう
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