の、いえ、その御約束|御反古《ごほご》の罪は何と遊ばしまする御所存で厶ります」
「そちも近頃、急に年とって参ったよ喃――」
 言下に冴え冴えとした微笑をのせると、凛《りん》として言った。
「それもこれもみな国策じゃ! 二枚舌ではない、国運の危うきを救う大策じゃ! 内争を防ぐことこそ第一の急、京都と江戸との御仲|睦《むつま》じく渡らせられなば、国の喜びこれに過ぎたるものはなかろうが、御降嫁願い奉ったも忠節の第一、国を思うがゆえに交易するも忠節の第一であろうぞ。――大無! 心気を澄ましたい。笙《しょう》を持てっ」
 ――冬の深夜の星に対《むか》って、端然とし乍ら正座すると、対馬守は蕭々《しょうしょう》として、日頃|嗜《たしな》む笙を鳴らした。

         三

 その同じ夜更《よふ》け――。
 牛込柳町の奥まった一軒である。その一軒では、長いこともうすすり泣きの声がつづいてやまなかった。泣いているのは誰達でもない。秘めかくした恋を見咎《みとが》められて、身縁《みよ》りのこの家に、追放された当座の身を潜《ひそ》めているあの道弥とお登代の二人だった。――いとしみ愛する心が強ければ強いだ
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