し油断はしなかった。――少くも覚悟しておかねばならない敵は三つあるのだ。自分が井伊大老の開港政策を是認し踏襲《とうしゅう》しようとしているために、国賊と罵《ののし》り、神州を穢《けが》す売国奴と憤《いきどお》って、折あらばとひそかに狙っている攘夷《じょうい》派の志士達は勿論《もちろん》その第一の敵である。開港政策を是認し踏襲しようとしており乍ら倒れかかった江戸大公儀を今一度支え直さんために、不可能と知りつつ攘夷の実行を約して、和宮《かずのみや》の御降嫁《ごこうか》を願い奉った自分の公武合体の苦肉の策を憤激している尊王派の面々も、無論忘れてならぬ第二の敵だった。第三は頻々として起る外人襲撃を憤って、先日自分が声明したあの言質に対する敵だった。
「公使館を焼き払い、外人を害《あや》めて、国難を招くがごとき浪藉《ろうぜき》を働くとは何ごとかっ。幕政に不満があらばこの安藤を斬れっ。この対馬を屠《ほふ》れっ。それにてもなお憤りが納まらずば将軍家を弑《しい》し奉ればよいのじゃ。さるを故なき感情に激して、国家を危《あや》うきに導くごとき妄動《もうどう》するとは何事かっ。閣老安藤対馬守、かように申した
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