と呑み干《ほ》すと、しずかに益次郎は、かたわらの刀を引きよせた。
 人物の器《うつわ》の桁《けた》が違うのである。――気押《けお》されて、小次郎がたじろいだのを、
「どけっ。おまえなんぞ雑兵《ぞうひょう》では手も出まい。おれが料《りょう》る!」
 掻き分けるようにして、直人が下駄ばきのまま、のっそりと前へ出ると、にっときいろく歯を剥《む》いて言った。
「遺言はござらんか」
「ある。――きいておこう。名はなんというものじゃ」
「神代直人」
「なにっ。そうか! 直人か! さては頼まれたな!」
 きいて、こやつ、と察しがついたか、一刀わしづかみにして立ちあがろうとしたのを、抜き払いざまにおそった直人の剣が早かった。
 元より見事に、――と思ったのに、八人おそって、八人仕損じたことのない直人の剣が、どうしたことかゆらりと空《くう》に泳いだ。
 しかし二の太刀はのがさなかった。立ちあがった右膝《みぎひざ》へ、スパリと這入って、益次郎は、よろめき乍らつんのめった。
 それを合図のように、バタバタと、けたたましい足音が、梯子段《はしごだん》を駈けあがった。
「あっ。隊長! 衛兵じゃ! 銃が来ましたぞ
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