まだった。その顔は、なにかを思いこんでいるというよりも、あらゆることに疲れ切っているという顔だった。
「どうしたんです。一体。――足の傷が痛むんですか」
「…………」
「傷が、その傷がお痛みになるんですか」
「決ってらあ」
「弱りましたね。手当をしたくも膏薬《こうやく》はなし、住職を起せば怪しまれるし、――酒があるんです。これで傷口を洗いましょうか」
「…………」
「よろしければ洗いますよ。もし膿《のう》を持つと厄介だからね。丸公《たまこう》、手伝え」
おもちゃをでも、いじくり廻すように足を引き出して、こびりついている血と泥を、ごしごしとむしりとった。
ぐいと、穴がのぞいた。
その穴へ、ふたりは、代る代る酒をぶっかけた。――身を切るほども、しみ痛い筈なのに、しかし直人は、痛そうな顔もせずに、ぼんやりと壁へ身をもたせたままだった。
なにかに、心をとられているらしいのである。――小次郎が、ひしゃげた鼻に、にやりと皺《しわ》をよせて言った。
「あれだね。――この忙しい最中に、先生も飛んだものを嗅いだもんさ。今の女のあの匂いを思い出したんでしょう」
「…………」
「旦那よりほかに寝かし
前へ
次へ
全35ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング