防《すおう》の片田舎《かたいなか》で医業を営み、一向に門前の繁昌しなかった田舎医者は、維新の風雲に乗じて、めきめきと頭角を現わし、このとき事実上の軍権をにぎっている兵部大輔《ひょうぶたゆう》だった。軍事にかけては、殆《ほと》んど天才と言っていい大村は、新政府の中枢《ちゅうすう》ともいうべき兵部大輔のこの要職を与えられると一緒に、ますますその経綸《けいりん》を発揮して、縦横無尽《じゅうおうむじん》の才をふるい出したのである。
国民皆兵主義の提唱がその一つだった。
第二は、軍器製造所創設の案だった。
兵器廠《へいきしょう》設置の案はとにかくとして、士族の特権だった兵事の権を、その士族の手から奪いとろうとした国民皆兵主義の提案は、忽《たちま》ち全国へ大きな波紋を投げかけた。
「のぼせるにも程がある。町人や土百姓に鉄砲をかつがせてなんになるかい」
「門地《もんち》をどうするんじゃ。士族というお家柄をどうするんじゃ」
その門地を倒し、そのお家柄を破壊して、四民平等の天下を創《う》み出そうと豪語した旧権打倒御新政謳歌の志士が、真っ先に先ずおどろくべき憤慨を発したのである。
その声に、不平
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