流行暗殺節
佐々木味津三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)塀《へい》ぎわに
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)富永|有隣《ゆうりん》
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(例)[#ここから2字下げ]
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一
「足音が高いぞ。気付かれてはならん。早くかくれろっ」
突然、鋭い声があがったかと思うと一緒に、バラバラと黒い影が塀《へい》ぎわに平《ひら》みついた。
影は、五つだった。
吸いこまれるように、黒い板塀の中へとけこんだ黒い五つの影は、そのままじっと息をころし乍《なが》ら動かなかった。
チロ、チロと、虫の音《ね》がしみ渡った。
京の夜は、もう秋だった。
明治二年! ――長らく吹きすさんでいた血なまぐさい風は、その御一新の大号令と一緒に、東へ、東へと吹き荒れていって、久方ぶりに京にも、平和な秋がおとずれたかと思ったのに、突如としてまたなまぐさい殺気が動いて来たのである。
五人は、刺客《しかく》だった。
狙われているのは、その黒板塀の中に宿をとっている大村益次郎だった。――その昔、周防《すおう》の片田舎《かたいなか》で医業を営み、一向に門前の繁昌しなかった田舎医者は、維新の風雲に乗じて、めきめきと頭角を現わし、このとき事実上の軍権をにぎっている兵部大輔《ひょうぶたゆう》だった。軍事にかけては、殆《ほと》んど天才と言っていい大村は、新政府の中枢《ちゅうすう》ともいうべき兵部大輔のこの要職を与えられると一緒に、ますますその経綸《けいりん》を発揮して、縦横無尽《じゅうおうむじん》の才をふるい出したのである。
国民皆兵主義の提唱がその一つだった。
第二は、軍器製造所創設の案だった。
兵器廠《へいきしょう》設置の案はとにかくとして、士族の特権だった兵事の権を、その士族の手から奪いとろうとした国民皆兵主義の提案は、忽《たちま》ち全国へ大きな波紋を投げかけた。
「のぼせるにも程がある。町人や土百姓に鉄砲をかつがせてなんになるかい」
「門地《もんち》をどうするんじゃ。士族というお家柄をどうするんじゃ」
その門地を倒し、そのお家柄を破壊して、四民平等の天下を創《う》み出そうと豪語した旧権打倒御新政謳歌の志士が、真っ先に先ずおどろくべき憤慨を発したのである。
その声に、不平
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