》れる。
濡れる袂《たもと》になんじゃらほい。
あれは紀の国、本能寺。
堀の探さは何尺なるぞ。
君を斬らずばわが身が立たん。
[#ここで字下げ終わり]
立たんか、斬らんか、――えいっ。スパリ。アハハ……。もういかん。隊長。一曲、この妓と物しとうなりました。いいでがしょう。来い。女。あっちの部屋へ参ろう!」
くずれるようにしなだれかかって、その首へ手を巻きつけると、ぐいぐいと引っ張った。
小次郎も廻って来たのである。
「よし来た。そのこと、そのこと、怒っちゃいけませんぞ。隊長。――いけっ、いけっ、丸公《たまこう》、別室があろう。来い! 女!」
立ちあがって、よろよろとし乍ら歩き出そうとしたのを、じっと見守っていた直人のこめかみがぴくぴくと青く動いた。
とみるまに、目がすわった。
同時に、じりっと膝横のわざ物に手がかかった。
腹が立って来たのだ。憎悪《ぞうお》がこみあげて来たのだ。
理窟もなかった。理性もなかった。歩行も出来ない身をいいことにして、これみよがしに歓楽を追おうとしているふたりの傍若《ぼうじゃく》な振舞に、カッと憎みがわきあがったのである。
「まてっ」
「な、な、なんです! どうしたんです!」
おどろき怪しんでふり向いたふたりの顔へ、けわしい目が飛んでいった。
「たわけたちめがっ。おれをどうする! 見せつけるのかっ。羨《うら》やましがらせをするのかっ。それへ出い!」
「ば、ば、馬鹿なっ。目の前で、枕元で芸者買いせい、と言うたじゃごわせんか! お言いつけ通りにしたのが、なぜわるいんです!」
「ぬかすなっ。それにしたとて程があるわい! ずらりと並べっ」
「き、き、斬るんですか! 同志を、仲間を、苦労を分けた手下を斬るんですか!」
「同志もへちまもあるかっ。腹が立てば誰とて斬るんじゃっ。憎ければどやつとて斬るんじゃっ――一緒に行けいっ。たわけたちめがっ」
さっと横へ、青い光りが伸びたかと思うと一緒に、ざあっと、小次郎たちふたりの背から血がふきあがった。
その血刀《ちがたな》をさげたまま、直人は、そぼふる雨の表へ、ふらふらと出ていった。待ちうけるようにして、バラバラと影がとびかかった。
「神代直人! 縛《ばく》につけいっ」
しかし、直人は、もう逃げなかった。心底《しんてい》腹を立てて斬ったよろこびを楽しむように、死の待っているその黒い
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