ったふたりの目の前へ、金丸が勢いこんで飛びこんで来たのである。
「道があけた! 先生すぐお出立《しゅったつ》のお支度なさいまし! ――小次も早く支度しろ」
「逃げられそうか!」
「大丈夫落ちられる! 東海道だ。どういう間違か、ひょんな噂《うわさ》が伝わってのう。先生らしい風態《ふうてい》の男が、同志二人とゆうべ亀山口から、東海道へ落ちたというんじゃ。それっというので、海道口の固めが解けたのよ。このすきじゃ。追っ手のあとをあとをと行くことになるから、大丈夫東京へ這入られる。――かれこれと駄々はこねんというお約束です。道中、お歩きもなるまいと思うて、こっそりと駅馬《えきば》を雇うて参りました。すぐお乗り下さいまし!」
否《いな》やを言うひまもなかった。――せき立てるように駈けあがって、くるくると身のまわりのものを取りまとめると、金丸は、ひとりで心得乍ら、直人の身体をだきあげた。
しかし、同時に、小次郎もその金丸も、思わずあっと、おどろきの声をあげた。
五日の間に、すっかり踵の弾傷《たまきず》は悪化していたのだ。
しかもいち面に膿《のう》を持って、みるから痛そうに赤く腫《は》れあがっていたのである。
「だから、手当々々とやかましく言うたんです。こんなになるまでほっとくとは呆《あき》れましたな。――お痛いですか」
「その腫れではたまらんでしょう。我慢出来ますか」
「駄々をこねるなという言いつけじゃ。駄々はこねん。気に入るように始末せい‥…」
まるで意志のない人のようだった。
さだめし、たえられぬほども痛いだろうと思われたのに、直人は、じっと金丸たちの腕にだかれたまま、身動きもしなかった。
六
しっとり暮れて、九月の秋の京の夕ぐれは、しみじみとしてわびしかった。
かわたれどきのその夕闇を縫《ぬ》い乍ら、落人《おちゅうど》たちは、シャン、シャンと鈴の音《ね》を忍ばせてすべり出るように京の町へ出ていった。
直人はひとことも口を利かなかった。意志がないばかりか、まるでそれは、僅かに息が通っているというだけの、荷物のようなものだった。
腹が減ったでしょう、食べますか、と言えば、黙って食べるのである。お疲れでしょう、泊りますか、と言えば、黙って泊るのである。
しかし、そんなでいても不思議だった。馬が歩けば、馬上の荷物も自然と歩くとみえて、京を
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