イとまた鳴いた。
同時に影だ!
ふりそそいでいる月光の中から障子の面《おもて》が、突然ふわりと黒い人の影が浮び上った。ふた筋三筋|鬢《びん》のほつれ毛がほっそりとしたその顔に散りかかって、力なくしょんぼりとうなだれ乍らまるで足のない人のごとく青白い光りの中に佇《たたず》んでいるのである。
「た、誰じゃ!」
「何者じゃ!」
叫び乍ら門七と大三郎が走りよって、さっと左右から障子を押し開いた刹那、――ぺたぺたと崩れ伏すように影が膝を折ると消え入るような声で言った。
「おそなわりまして厶ります……」
二
「……!」
「……!」
一斉に目が不審の色に燃え乍ら、影と声の主を見守った。
だが、二瞬とたたない凝視《ぎょうし》だった。城主長国の声がおどろきと悦《よろこ》びに打ちふるえ乍ら、月光の中の影に飛んでいった。
「おう! そちか! ――波野よな! 千之介じゃな!」
「はっ……。おそなわりまして厶ります……」
「小気味のよい奴じゃ。丹羽長国の肝《きも》を冷やさせおったわ。わっはは。井戸の中からでも迷うて出おったかと思ったぞ。来い。来い。待っておった。早うここへ来い」
前へ
次へ
全32ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング