致さず論議ばかり致しておりましたせいか、人心地《ひとごこち》失いまして、よい智慧も浮びませぬゆえ、まことに我まま申上げて憚《はばか》り多いことで厶りまするが、ひと刻程|睡《ねむ》りを摂《と》らせて頂きましてから、今度こそ必ずともに藩議いずれかに相まとめてお目にかけまするゆえ、今暫く御猶予願わしゅう存じまするとのことで厶ります」
「何を言うぞ! 返す返すも人を喰った老人共じゃ。武士《もののふ》の本懐存じておらば、三日も寝ずに論議せずとも分る事じゃ! たわけ者達めがっ。勝手にせいと申し伝えい!」
 疳高く凛《りん》とした声だった。颯《さ》っと褥《しとね》を蹴って立ち上ると苛立《いらだ》たしげに言った。
「予も眠る! 城主なぞに生れたことがくやしいわっ。予も寝るぞ! ――今宵の宿居《とのい》は誰々じゃ。早う参れっ」
 足取りも荒々しく消えていったあとから、宿居に当っていた近侍《きんじ》永井大三郎と石川六四郎がお護り申しあげるように追っていった。
 平伏しつつ、濃い謎を包みつつ、見送っていた千之介が、ほっとなったように面をあげると、なぜか明るい微笑すらも泛べて、急に元気に立ち上った。無論もうお
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