じゃ、その古着の夜具に何ぞ曰《いわ》くがあろうと思い当りましたゆえさすがは出家、さそくに運び出させて仔細に見しらべましたところ――、別に怪しいことはない。ないのに魘されたり、狂い出したり、あげ句の果てに身投げなぞする筈があるまいと一枚々々、夜具の皮を剥《は》がしていってよくよくしらべますると、ぞっといたします。申しあげる手前までがぞっと致します。古着の敷布団の、その一枚の丁度枕の下になるあたりの綿の中から、歯が出て来たと言うので厶りまする。人が歯が、何も物言わぬ人の歯がそれも二枚出て来たと言うので厶ります」
「なにっ。歯が二枚とな! 歯とのう! 人の歯とのう! ……」
 ぎょっと水でもあぴたように長国の声がふるえて疳走《かんばし》った。
 鬼火のように青あおと燃えていた月光がふっと暗くかげった。――同時である。何ぞ火急のしらせでもあると見えて、キイキイと書院の廊下の鶯張りを鳴らせ乍ら一足《ひとあし》が近づいて来ると、憚《はばか》り顔に声がのぞいて言った。
「茶坊主|世外《せがい》めに厶ります。御老臣|伴《ばん》様が、殿に言上《ごんじょう》せいとのことで厶りました。もう三日もこちら一睡も
前へ 次へ
全32ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング