長屋に帰って、ゆるゆる一夜を明かすことが出来るのである。多々羅も林田も、やはりもう用のない身体だった。――やがて黙々と肩を並べ乍ら三つの影が城内の広場に現われた。
同時のように観音山《かんのんざん》の頂から天守をかすめて、さっとまた月光が三つの影の上にそそぎかかった。
光りは濠《ほり》の水面《みずも》にまでも散りこぼれて、二本松十万石の霞ヶ城は、いち面に只ひと色の青だった。
三つの影はその青の間を縫《ぬ》い乍ら、二ノ濠わきのお長屋目ざして、黙々と歩いていった。
「では――」
「おう、また――」
お長屋の離れている多々羅は右へ、隣り合っている門七と千之介は左へ、覗き松のところから分れて行くのが道順なのである。
分れて二つの影になった千之介と門七は、三歩ばかり黙々と歩いていった。しかし、その四歩目を踏み出そうとしたとき、突然門七が嘲《あざけ》るように千之介に言った。
「馬鹿め!」
「なにっ」
「怒ったか」
「誰とても不意に馬鹿呼ばりされたら怒ろうわ。俺がどうして馬鹿なのじゃ」
「女々《めめ》しいからよ。君前《くんぜん》であの態《ざま》は何のことかい。なぜ泣いたか殿はお気付き遊ばし
前へ
次へ
全32ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング