のあるところから色彩を消し落し、しずかな水だまりには、わざと石を投げこんでこの世をただ実用的なものにすればそれでいいと言ったような、いかにも仕方のない暴力だった。
 そういう野蛮に近い腕力に対《むか》って、心の中までもキメのこまかくなっている旗本が、いかほどふん張ってみたとて、防ぎきれるわけのものではないのだが……。
 そのころから、この川の水さえも濁り出したくらいだが……。
「おい! ……」
 突然、そのとき、だれかおいと言って、荒っぽく肩をどやしつけた。――平七は、面倒くさそうに顔を起すと、どんよりとした目を向けて、ふりかえった。
 立っていたのは、同じ番町《ばんちょう》で屋敷を隣り合わせて、水馬のときにも同じ二組で轡《くつわ》を並べて、旗本|柔弱《にゅうじゃく》なりと一緒に叱られた仲間の柘植《つげ》新兵衛だった。まもなくその非難に憤起《ふんき》して、甲府までわざわざ負けにいって、追い傷を二ヵ所だか三ヵ所受けたという噂《うわさ》を最後に、ばったり消息の絶えていた男だった。
 しかし、今もなおこの幕臣の髷《まげ》の中には、旗本柔弱なりと叱られたそのときの余憤《よふん》がこもっているの
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