馬、ともに、人におくれをとったことのない平七なのである。
 ド、ド、ドウ、
 ハイヨウ、
 ド、ド、ドウ、
 と乱れ太鼓のとどろく間を、三騎、五騎とうしろに引き離して、胸にくっきりと真紅の胴が、浮きつ沈みつしぶきの中をかいくぐっていったかと思うまもなく、平七の葦毛は、ぶるぶると鬣《たてがみ》の雫《しずく》を切り乍ら、一番乗りの歓呼の土手へ、おどるように駈けあがった。
 ただ、夢のようなこころもちだった。
 どんな叫びと顔がなだれ寄って来たか、このときぐらい平七は、旗本の家に生れたというよろこびと誇りを、しみじみと感じた一瞬はなかった。
 しかし、世間は、そのよろこびをよろこびとしてくれなかった。
 旗本の中堅ともなるべき若者たちが、婦女子の目をよろこばす以外に、なんの能もないような水馬の遊戯なぞに、うつつをぬかしているから、江戸勢はどこの戦いでも負けるのだ。――そういう非難と一緒に、防ごうにも防ぎきれぬ太い腕力がやって来て、なにもかもひと叩きに叩きつぶして了《しま》ったのである。
 ほんとうにそれは、どうにもならぬ荒っぽい洪水のような腕力だった。匂いのあるところから匂いを奪いとり、色彩
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