ぎの流言《りゅうげん》と不安に動揺していたが、しかし、まだまだ江戸の子女の胸には、長い伝統と教養が育てた旗本公子という名前が、ひそやかなあこがれとなっていたとみえて、その日も、宿下りに名を藉《か》りてお城をぬけ出した奥女中たちが、三|艘《そう》の舟に美しい顔を並べ、土手を埋《うず》めている見物の顔も、また、殆《ほと》んどその大半が、若い女ばかりと言っていいほどだった。
騎は、三十六騎。
十二騎ずつひと組となって、平七はその第二組だった。
駒は、桜田の御厩《おうまや》から借りて来た葦毛《あしげ》だった。
葦毛には、この色が映《は》えてよかろうという母のこころ遣いから、朱いろ、総塗り、無紋の竹胴《たけどう》をきっちりと胸につけて、下着も白の稽古《けいこ》襦袢《じゅばん》、鉢巻《はちまき》も巾広の白綸子《しろりんず》、袴《はかま》も白の小倉袴《こくらばかま》、上も下もただひといろの白の中に、真紅《しんく》の胴をくっきりと浮かせた平七が、さっと水しぶきを立て乍ら乗り入れたときは、岸の顔も、舟の中の顔も、打ちゆらぐばかりにどよめき立った。
水練は言うまでもないこと、早駈《はやが》け、水
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