のである。
まだ廃刀令《はいとうれい》も断髪令《だんぱつれい》も出てはいなかったが、しかし、もう大小《だいしょう》なぞ無用のものに思って、とうから腰にしていない平七は、でも、そればかりはせめてもの嗜《たしな》みに残している髷《まげ》の刷毛《はけ》さきを、そっと片手で庇《かば》うように押えて、残った片手で、橋の欄干《らんかん》をコツコツと叩《たた》き乍《なが》ら、行くでもなく止まるでもなく、ふわふわと、凧《たこ》のようにゆれていった。
「川、川、川」
「舟、舟、舟だ」
「水もだんだんと濁って来たなあ……」
ふわりと止まると、平七は、コツコツとやっていたその手の中へ、投げこむように頤《あご》をのせて、ぼんやりと水に目をやった。
あれからもう何年ぐらいになるか、――やはりこんなような秋の初めだった。
場所も丁度《ちょうど》、この橋の川上だった。久しく打ち絶えていた水馬《すいば》の競技が、何年かぶりにまた催《もよお》されることになって、平七もその催しに馳《は》せ加わった。
いずれも二十《はたち》から二十五六までの、同じような旗本公子ばかりだった。人心は、日ごとに渦巻《うずま》く戦乱騒
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