うだった。きょうはなおさらそうだった。なにか耳の底できこえているようなこころもちがして、その音《ね》を慕《した》い乍ら、その音を慕い求めて、この道をやって来たのに間違いはないが――。
その音がなんであるか。
くらい耳の底へ、慕いさがしているその音が、リンリンリンと花簪《はなかんざし》の音になって湧きあがった。
思わず平七は顔を赤らめた。
「そうれみろ、知らず知らずに思い焦《こ》がれていたろうがな。ハハハ……可哀そうにな」
「いいえ! いいえ! 可哀そうなのは平七さまではござりませぬ! わたくしでござります! お待ち下されませ! ご前《ぜん》さま!」
不意に、はちきれたような叫びがきこえたかと思うと、道のわきからか、門の中からか、分らぬほども早く白い塊《かたま》りが飛び出して来て、ガブリと噛《か》みつくように有朋の足へしがみついた。
お雪なのだ。
「お前か! たわけっ。なにをするのじゃ!」
「いいえ! いいえ! 放しませぬ! 人でなし! 人でなし! 嘘つきのご前さまの人でなし! わたしをだまして、こんな悲しい目に会わして、だれがなんと仰有《おっしゃ》ろうとも、この靴は放しませぬ
前へ
次へ
全33ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング