まするな。ではゆるりゆるりとまいりましょうか」
 三日の間、そこに来ては寝ころんでいた秣《まぐさ》の中から、むくむくと起きあがると、平七は、曳《ひ》き出した鹿毛《かげ》にひらりと乗った有朋のさきへ立って、なんのこともない顔を馬と並べ乍ら、パカパカと三めぐりの土手へあがっていった。
 不思議なことに平七は、まっすぐ土手を石原町の方へ下っていった。
「違うぞ。平七。吾妻橋を渡るんじゃ」
「そうでございますか……。こちらへいっては、お屋敷へまいられませんか」
「行って行かれないことはないが、半蔵門へかえるのに、本所なぞへいっては大廻りじゃ。吾妻橋へ引っ返せ」
「でも、馬がまいりますもんですから……」
「…………」
 だまって、首をかしげていた有朋が、突然、洞穴《ほらあな》のような声を出して、馬の上から笑った。
「なるほど、そうか。ハハハ……。さては、おまえ……」
「なにかおかしいことがあるんでございますか」
「あれに、お雪に参っておるな」
「わたしが! そうでございましょうかしら……。そんな筈はないんだが、いち度もそんなことを思ったことはないつもりですが……」
 しかし、こないだの夕ぐれもそ
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