町の小料理屋の方へ歩いていった。
有朋もまた、いつのまにかそこへ行く約束をして了ったような顔をし乍ら、ふらふらと平七のあとからついていった。
うすい灯のいろが、ゆうべのように川岸《かし》の夕ぐれの中に滲《にじ》んで、客もないのか、打ち水に濡れた石のいろが、格別にきょうはわびしかった。
「あっ。閣下じゃ。山県の御前様《ごぜんさま》じゃ。――どうぞこちらへ。さあどうぞ! お雪、お雪……。お雪はどこだえ!」
和服の着流しではあったが、尖ったその顔で有朋と気がついたのである。帳場の奥から眉《まゆ》の青ずんだ女将《おかみ》が、うろたえて出て来ると、慌《あわ》てふためき乍ら、ゆうべのあの二階の部屋へ導いていった。
「どうぞ。どうぞ。さあどうぞこちらへ。こんなむさくるしいところへわざわざお越し下さいましてなんと申してよいやら。只今女たちをご挨拶《あいさつ》に伺《うかが》わせますから。さあどうぞ!――もし、お雪さん! お座布団《ざぶとん》だよ! 上等のお座布団はどこだえ!」
「…………」
「お雪さん! お雪! お雪! ――お雪はどこだえ!」
浅墓《あさはか》な声で呼び立て乍ら、女将は、ひとりで
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