のあるところから色彩を消し落し、しずかな水だまりには、わざと石を投げこんでこの世をただ実用的なものにすればそれでいいと言ったような、いかにも仕方のない暴力だった。
 そういう野蛮に近い腕力に対《むか》って、心の中までもキメのこまかくなっている旗本が、いかほどふん張ってみたとて、防ぎきれるわけのものではないのだが……。
 そのころから、この川の水さえも濁り出したくらいだが……。
「おい! ……」
 突然、そのとき、だれかおいと言って、荒っぽく肩をどやしつけた。――平七は、面倒くさそうに顔を起すと、どんよりとした目を向けて、ふりかえった。
 立っていたのは、同じ番町《ばんちょう》で屋敷を隣り合わせて、水馬のときにも同じ二組で轡《くつわ》を並べて、旗本|柔弱《にゅうじゃく》なりと一緒に叱られた仲間の柘植《つげ》新兵衛だった。まもなくその非難に憤起《ふんき》して、甲府までわざわざ負けにいって、追い傷を二ヵ所だか三ヵ所受けたという噂《うわさ》を最後に、ばったり消息の絶えていた男だった。
 しかし、今もなおこの幕臣の髷《まげ》の中には、旗本柔弱なりと叱られたそのときの余憤《よふん》がこもっているのか、わけても太い奴を横ざしにぶっ差して、目の光りのうちにも、苛々《いらいら》とした反抗のいろが強かった。
「つまらん顔をしておるな。なんというみすぼらしい恰好《かっこう》をしているんじゃ」
 その目で射すくめるように見おろし乍ら、新兵衛は、軒昂《けんこう》とした声で言った。
 平七は、だまって自分の身体《からだ》を見廻した。――なるほどその言葉の通り、皮膚のいろも、爪のいろまでが光沢《つや》を失って、ほんの昔、真紅の胴に白いろずくめのしぶきを切り乍ら、武者振りも勇しくこの大川を乗り切ったときの、あの目のさめるようなみずみずしさは、どこにも見えなかった。
「ふ、ふ、ふ、ふ……」
 気のぬけたように笑うと、平七は、長々とした欠伸《あくび》をやり乍ら、たるんだ声で言った。
「おまえさん、近ごろ、なにをしておいでじゃ」
「こっちで言いたい言葉じゃ、貴公、山県狂介のところで、下男《げなん》のような居候《いそうろう》のような真似《まね》をしておるとかいう話じゃが、まだいるのか」
「おるさ」
「見さげ果た奴じゃ。仮りにも旗本と言われたほどの幕臣が、讐《かたき》同然な奴の米を貰うて喰って、骨なしにもほ
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