うだった。きょうはなおさらそうだった。なにか耳の底できこえているようなこころもちがして、その音《ね》を慕《した》い乍ら、その音を慕い求めて、この道をやって来たのに間違いはないが――。
 その音がなんであるか。
 くらい耳の底へ、慕いさがしているその音が、リンリンリンと花簪《はなかんざし》の音になって湧きあがった。
 思わず平七は顔を赤らめた。
「そうれみろ、知らず知らずに思い焦《こ》がれていたろうがな。ハハハ……可哀そうにな」
「いいえ! いいえ! 可哀そうなのは平七さまではござりませぬ! わたくしでござります! お待ち下されませ! ご前《ぜん》さま!」
 不意に、はちきれたような叫びがきこえたかと思うと、道のわきからか、門の中からか、分らぬほども早く白い塊《かたま》りが飛び出して来て、ガブリと噛《か》みつくように有朋の足へしがみついた。
 お雪なのだ。
「お前か! たわけっ。なにをするのじゃ!」
「いいえ! いいえ! 放しませぬ! 人でなし! 人でなし! 嘘つきのご前さまの人でなし! わたしをだまして、こんな悲しい目に会わして、だれがなんと仰有《おっしゃ》ろうとも、この靴は放しませぬ! きょうは、きょうは、と毎日毎日泣き暮して待っていたんです! みなさまも集っておいでなら、よくきいて下さいまし! そればっかりはご免下さい、こらえて下さいと、泣いてわたしがお頼みしたのに、わたしをだまして、威《おど》して、あすは来る、あすは使いをよこして、気まま身ままの寵《おも》いものにしてやるなぞと、小娘のわたしをだましておいて、それを、それを」
「たわけっ。なにを言うのじゃ! 人が集《たか》って来るわっ。放せ! 放せ!」
「いいえ! 死んだとてこの靴は放しませぬ! どうせ嘘とは思いましたけれど、とうとう悲しい目に会いましたゆえ、もしや、もしや、ときょうまで待っておりましたのに、それを、それを、嘘つき! 人でなし! いいえ! いいえ! そればかりではありませぬ。あの人を、新兵衛さままでをも、なんの罪もないのに、あんなむごい目に会わして、お役人に、お牢屋に引っ立てなくともいいではありませぬか! お可哀そうに、あんな負けた人までも、世の中に負けた人まで引っくくって、放しませぬ! ご前さまが、このお雪に詫《わ》びるまでは放しませぬ!」
「馬鹿めがっ。わしが新兵衛のことなぞ知るものか! あ
前へ 次へ
全17ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング