《しょっかく》のうちから、決ってこの金城寺《きんじょうじ》平七がお供を言いつかって来るというのも、実はこの金城寺平七という見事な名前を持っている男が、名はあっても心を持っているかいないのか分らないようなところがあるためだった。
 実際また平七は、有朋がこの別荘に、何日閉じこもっていようとも、どんな風に世間の目をくらまして、長州陸軍の根を育てる苦心をしていようとも、一向《いっこう》用のないことだった。
 そのためにまた明日どこかへ押し流されていったら、流れ止まったところで、ふやけるのもよし、ねじ切って棄てるなら、棄てられるのもよし……。
「陸軍の大将さん。
 海軍の大将さん。
 さつまはお艦《ふね》。
 ちょうしゅうは大砲。
 ちくと刺《さ》すのは土佐の蜂《はち》……」
「だれじゃ! そんな唄を唄うのは! 平七か!」
「わたしが、――ですか。なにも唄ったような覚えがないですが……」
「いや、よし、分った。近所の小童《こわっぱ》たちじゃ。だれが教えたか、つまらぬ唄を唄って、悪たれどもがわいわい向うへ逃げて行くわ。仕方のない奴等じゃ。――さあ馬じゃ」
「あ、なるほど、軍服も靴もお着けでござりまするな。ではゆるりゆるりとまいりましょうか」
 三日の間、そこに来ては寝ころんでいた秣《まぐさ》の中から、むくむくと起きあがると、平七は、曳《ひ》き出した鹿毛《かげ》にひらりと乗った有朋のさきへ立って、なんのこともない顔を馬と並べ乍ら、パカパカと三めぐりの土手へあがっていった。
 不思議なことに平七は、まっすぐ土手を石原町の方へ下っていった。
「違うぞ。平七。吾妻橋を渡るんじゃ」
「そうでございますか……。こちらへいっては、お屋敷へまいられませんか」
「行って行かれないことはないが、半蔵門へかえるのに、本所なぞへいっては大廻りじゃ。吾妻橋へ引っ返せ」
「でも、馬がまいりますもんですから……」
「…………」
 だまって、首をかしげていた有朋が、突然、洞穴《ほらあな》のような声を出して、馬の上から笑った。
「なるほど、そうか。ハハハ……。さては、おまえ……」
「なにかおかしいことがあるんでございますか」
「あれに、お雪に参っておるな」
「わたしが! そうでございましょうかしら……。そんな筈はないんだが、いち度もそんなことを思ったことはないつもりですが……」
 しかし、こないだの夕ぐれもそ
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