みち》がつづいて、あたりいちめんに生《お》い繁《しげ》っているすすきの穂の先を、あるかないかの風が、しずかな波をつくり乍ら渡っていった。
 きのうに変って、カラリと晴れたせいなのである。そよぎ渡るその風の間に、このあたり向島《むこうじま》の秋らしい秋の静寂《せいじゃく》が初めて宿って、落ちかかった夕陽のわびしい影が、かすかな縞《しま》をつくり乍ら、すすきの波の上を流れていった。
「平七」
「へい」
「…………」
「…………」
「秋だな」
「秋でござりますな」
 なんというわけもなかった。有朋も有朋ということを忘れて、平七も平七ということを忘れて、いつともなしにふたりは肩を並べ乍ら、すすきの径の中に出ていたのである。――足が動いているのではなかった。こころが歩いているというのが本当だった。
 どこへ、というわけもなく、ふたりは肩を並べ乍ら、土手の方へあがっていった。
「おまえはどちらへ行くつもりじゃ」
「どちらでもいいですが……」
「わしもどちらでもいいが……」
 なんということもなかった。片身《かたみ》違《ちが》いに足を動かしているうちに、いつのまにか平七はふらふらと、ゆうべのあの石原町の小料理屋の方へ歩いていった。
 有朋もまた、いつのまにかそこへ行く約束をして了ったような顔をし乍ら、ふらふらと平七のあとからついていった。
 うすい灯のいろが、ゆうべのように川岸《かし》の夕ぐれの中に滲《にじ》んで、客もないのか、打ち水に濡れた石のいろが、格別にきょうはわびしかった。
「あっ。閣下じゃ。山県の御前様《ごぜんさま》じゃ。――どうぞこちらへ。さあどうぞ! お雪、お雪……。お雪はどこだえ!」
 和服の着流しではあったが、尖ったその顔で有朋と気がついたのである。帳場の奥から眉《まゆ》の青ずんだ女将《おかみ》が、うろたえて出て来ると、慌《あわ》てふためき乍ら、ゆうべのあの二階の部屋へ導いていった。
「どうぞ。どうぞ。さあどうぞこちらへ。こんなむさくるしいところへわざわざお越し下さいましてなんと申してよいやら。只今女たちをご挨拶《あいさつ》に伺《うかが》わせますから。さあどうぞ!――もし、お雪さん! お座布団《ざぶとん》だよ! 上等のお座布団はどこだえ!」
「…………」
「お雪さん! お雪! お雪! ――お雪はどこだえ!」
 浅墓《あさはか》な声で呼び立て乍ら、女将は、ひとりで
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