のほど、いかがにござります」
「憎い。いや、もう聞きとうない! 予は気分がわるうなった。見苦しい。もうゆけい!」
 清浄潔白、理非を正した主水之介の言葉に、怒りの的がなくなったのです。何ということもなく睨《にら》みつけて、やり場に困るお怒りをじりじりと押えつけていられたが、さッと褥を蹴って立ち上がると、荒々しげにおすだれ屏風のうしろへ消えました。
 しかし、よくよく御憤懣《ごふんまん》のやり場がなかったとみえるのです。つかつかとまたかえって来ると、叱りつけました。
「豊後、そちも不埓な奴じゃ。その方の申条とは大分違っておるぞ。憎い奴めがッ。ゆけい!」
 去りかけて、何となくまだそれではお胸のもやもやが晴れなかったとみえるのです。
「治右も不埓じゃ。お紋も不埓じゃ。いや、紋は可愛い。憎いは膝じゃ。たわけものたちめがッ。御意見代りに大切《だいじ》な膝借りるというたわけがあるかッ。貸すというても遠慮するが当りまえじゃ。三河流儀の旗本どもは骨が硬《かと》うて困る。お紋の膝だけは爾後《じご》遠慮するよう気をつけい。五位、行くぞ。参れ」
 犬はお膝がないから、しあわせでした。くるりと巻いた尾をふっ
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