続き。
 もう中日はすぎていたが、団十郎《なりたや》と上方くだりの女形《おやま》、上村吉三郎《うえむらきちさぶろう》の顔合せが珍しいところへ、出しものの狂言そのものが団十郎自作というところから、人気に人気をあおって、まこと文字通り大入り大繁昌でした。
「兄さん、下総の筵《むしろ》芝居とはちと違いましょう?」
「人前で恥をかかすものじゃねえ。下総、下総と大きな声で言や、田舎もののお里が分るじゃねえかよ。それにしても梅甫さん、江戸ってところは、よくよく閑人《ひまじん》の多いところだね」
 小芳を真中にして、幕のあくのを待ちながら、三人むつまじく話し合っているところを、
「ちょっとご免やす」
 変なところを通る男があればあるものです、すぐそばに花道もあることだし、横には桝目《ますめ》の仕切り板もあることだから、わざわざ三人の真中を割って通らなくてもよさそうなのに、幇間風《たいこもちふう》の男が無遠慮にも小芳の肩を乗りこえて、ひょいと大きく跨ぎながら通り越しました。
 咄嗟に首をまげてこちらは避けたが、向うは故意からか、それとも跨ぐはずみからか、その裾がひらりと舞うように小芳の結い立ての髪に触
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