にあらかじめ備えた影武者なのでした。鎧、兜、陣羽織、着付の揃いは元よりのこと、馬もお揃い、馬具もお揃い、葵の御定紋もまた同じくお揃い、敗軍お旗本総崩れの場合があったら、いずれがいずれと定めがたい同じいで立ちのその百騎の中へ将軍家がまぎれ入って、取敢えず安全なところへ落ち伸びるための、お身代り役なのです。
 眉間《みけん》の傷に名代を誇る主水之介の家門家格は、実に又江戸徳川名代を誇るそのお影組百騎の中の一騎なのでした。
 さればこそ、蓋を払うと同時に現れた胸前は、紫|縒糸《よりいと》、総絹飾り房の目ざましき一領でした。
 紋がある。八百万石御威勢、葵《あおい》の御定紋が、きらめきながらその房の中から浮き上がって見えるのです。
 はッと、斬り伏せられたように豊後守以下の顔が、青たたみへひれ伏しました。
 天下、この御定紋にかかっては、草木の風に靡《なび》く比ではない。薄紙のようになって豊後守たちが平伏している間を、うやうやしく京弥に捧げ持たせながら主水之介は、心地よげに打ち笑み打ち笑み庭先の乗物へ近づくと、自ら手を添えてその駕籠前にふうわりと飾りつけました。
 不審は解けたのです。
 対手
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