って、三日ノ月型にくっきり浮き上がった傷がふるいつきたいようです。
「いちだんとお見事でござりまするな。京弥、惚れ惚れといたしました」
「では、惚れるか」
「またそんな御笑談ばっかり。お門違いでござります」
「ぬかしたな。こいつめ、つねるぞ。菊! 菊! 菊路はおらぬか。京弥め、憎い奴じゃ、兄に惚れいと言うたら御門違いじゃと申したぞ。罰じゃ。手伝うて早う着物を着せい」
 眼中、人なきごとき振舞いなのです。
 腹立たしげに豊後守が睨みつけていたが、どうしようもない。無役ながら千二百石、かりそめにも直参旗本の列につながる者が、登城、上様御前へ罷り出ようというに当って、月代を浄めるのは当り前のこと、せき立てたくとも文句の言いようがないとみえて、立ったり坐ったり、じれじれとしながら待ちうけているのを、主水之介がまた悠然と構えているのです。
「馬子にも衣裳という奴じゃ。あの妓《こ》、この妓があれば見せたいのう。駕籠じゃ。支度せい」
「お供は、京弥が――」
「いいや。いらぬ。その代りちと変った供をつれて参ろう。土蔵へ行けばある筈じゃ。馬の胸前《むなまえ》持って参って、駕籠につけい」
「胸前?」
「馬
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