。大層もないお叱りをうけましたんで、ちょっとわびを言ったら、そのわびの言い草が気に入らないというんですよ」
「文句を言ったは貴様等か!」
「何でござんす」
ひょいと見あげた梅甫の目と小芳の目とが、なにげなくうしろの鶉へ向けられると一緒に、
「あッ……」
小さなおどろきの叫びが先ず小芳の口からあげられました。見覚えのある顔!
いや、見覚えどころではない。小侍たち六人が飛び出して来たその鶉席に傲然《ごうぜん》と陣取って、嘲笑《あざわら》うようにこちらを見眺めていた顔こそは、小芳がまだ曲輪にいた頃、梅甫とたびたび張り合った腰本《こしもと》治右《じえ》衛門なのです。――元は卑《いや》しい黒鍬組《くろくわぐみ》の人足頭にすぎなかったが、娘が将軍家のお手かけ者となってこのかた、俄かに引き立てられて、今では禄も千石、城中へ出入りも自由のお小納戸頭取《こなんどとうどり》というすばらしい冥加者《みょうがもの》でした。
「あいつめが来ておるとすると――」
「企んで仕かけた事かも分りませぬ。兄さん!……」
小芳はさッと青ざめ、兄の方へ目まぜを送ると、小声で囁きました。
「何とかうまく扱っておくんなんし……」
「よしよし。惚れ合っていると兎角こんなことになるんだ。こっちへどきな」
小作りの下総男、田舎じみた風体をしているが、なかなか扱いが馴れたものです、腰低く小侍たちに一礼すると、人中で騒ぎを起して、近所迷惑になってはならぬと言うように、ひたすらわび入りました。
「こちらこそ飛んだ粗相、本当に三平さんとやらがおっしゃる通りです。髪なんどこわれようとつぶれようと、また結い直せば済みますこと、もう追っつけ幕もあくことでござんしょうから、いざこざなしにきれいさっぱり旦那方もお引きあげなすって下せえまし」
「いざこざなしとは何じゃ。こっちで売った喧嘩でない。うぬらがつけた因縁じゃ。わびを言うならそのように法をつけい」
「だから、立つ腹もこっちが納めて、この通り下手《したて》からおわびを申しているんでごぜえます」
「なにッ。下手からとは何じゃ! その言い草が面憎い! こっちへ出い!」
「笑《じょ》、笑談《じょうだん》じゃござんせぬ。ごらんの通りわたしどもは田舎ものばかり、この人前で手前ども風情《ふぜい》を恥ずかしめてみたとて、お旦那方のご自慢になるわけじゃござんせぬ。騒ぎ立てたら、みなさまも迷惑、小屋も迷惑、この位でもう御勘弁下さいまし」
「お旦那方がご自慢とは何じゃ! きさま、見くびっておるなッ。たわけものめがッ。出い! 出い! ここへ出い! こうしてやるわ!」
ピシャリ、と、理も非もない。初めから売る因縁、売る喧嘩だったと見えるのです。前後左右から木綿袴の小侍共がこぶしを固めて、小芳の兄の横びんをおそいました。
「喧嘩だッ。喧嘩だッ」
「出方はおらんか! おうい! 出方! 早く鎮めろッ」
どッとわき立つ人の波! 騒ぎの中を、六人の木綿袴は、なおピシャリピシャリとおそいました。
打たれるままにまかせていたが、なかなかに打ち打擲《ちょうちゃく》はやむ色がないのです。
刹那! 下総男、すさまじい豹変《ひょうへん》でした。
「さんぴん、よさねえなッ」
ダッと一躍、花道の上へ飛び上がると、パラリぬいだもろ肌いちめん、どくろ首の大|朱彫《しゅぼ》り!
「べらぼうめ! 下手に出りゃつけ上がりゃがって、下総十五郎を知らねえか! 不死身《ふじみ》の肌だッ。度胸をすえてかかって来やがれッ」
彫りも見ごと、啖呵《たんか》も見事、背いちめんの野晒《のざら》し彫りに、ぶりぶりと筋肉の波を打たせて、ぐいと大きくあぐらを掻《か》きました。
同時です。
舞台の幕をやんわり揚げて、ぬうと静かにのぞいた顔がある。
「御前だ!」
「早乙女の御前だ!」
まことやそれこそ、眉間の傷もなつかしい早乙女の退屈男でした。
三
観衆の目は、一斉に退屈男の姿へそそがれました。江戸|名代《なだい》の眉間傷がのぞいたからには、只ですむ筈はない。その眉間傷が今日はいちだんとよく光る。主水之介がまた実におちついているのです。
揚げ幕からずいと出て、のそり、のそりと花道をやって来ると、猛《たけ》り狂っている黒鍬組小侍たちのうしろに、黙って立ちはだかりました。
勿論下総十五郎の啖呵《たんか》は、大野ざらしの彫り物の中から、井水《いみず》のように凄じく噴きあげている最中なのです。
「べらぼうめ、見損った真似しやがるねえ! 江戸でこそ下総十五郎じゃ睨みが利かねえかも知れねえが、九十九里ガ浜へ行きゃ、松のてっぺんまで聞えた名めえだ。松魚《かつお》にしてもこんな生きのいい生き身はありゃしねえやい! 生かして帰《け》えせと言うんじゃねえんだ。のめすならのめす、斬るなら斬ってみろ
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