い!」
「な、な、何ッ」
「何を、何を大口叩くかッ。出、出、出ろッ」
「のめして貰いたくばのめしてもやるわ。斬ってもやるわッ。もそっとこっちへ出ろッ」
「べらぼうめ、出なくたって斬れらあ! 俎板《まないた》代りにちゃんと花道を背負っているんだ。斬ってみろ!」
「何ッ。な、な、何だと! もういっぺん言ってみろ!」
 劣らずに口では小侍たち、猛りつづけてはいたが、十五郎の思わざる豹変《ひょうへん》にいささか怖《お》じ気づいたらしい容子でした。真赤な髑髏《どくろ》首もこの際この場合、相当に六人の肝を冷やしていると見えるのです。――しかし、何を言うにも当人たちの腰には二本ある。背後にはまた、成上がり者ながら権勢に奢《おご》る腰本治右衛門がいるのです。そのうえに見物の目もある。手前もある。
「やれッ。やれッ。構わぬわッ、斬れ斬れッ」
「打《ぶ》ッた斬って吠え面《づら》掻《か》かしてやれッ」
 半分は脅すつもりもあったらしく、黒鞘の大刀《だいとう》を横にヒネってプツリ鯉口《こいぐち》切《き》ったところを、
「こりゃ下郎々々…」
 気味わるく静かにうしろから呼びかけて、のっそりと主水之介がその顔の真ん前へ立ちはだかると、あとは無言でした。黙ってにんめり打ち笑みながら、ぬうと向うの顔へこっちの顔をさしつけて、みい、みい、これを見い、というようにおのが指でおのが額の大看板を静かに指さしたものです。
 ぎょッとなってたじろいだところを、
「出口はあちらじゃ。行けッ」
「………」
「行かぬかッ。行かねば光るぞッ」
 睨んだ傷は江戸御免、しいんと見すくめたひと睨みに、たじ、たじとなりながら六人がさがりかけたのを見眺めて、怒気もろとも泳ぐように主水之介の前へ飛び出して来たのは腰本治右衛門でした。黒鍬者といえば土工です。千石の大身に成り上がっても、もとの素姓はなかなか洗い切れぬとみえて、言葉のところどころが巻舌がかってもつれました。
「誰に頼まれて要らざる真似をしやがるんじゃ。うぬは何者という野郎じゃ」
「その方、もぐりじゃな」
「なにッ。もぐりとは何じゃ! 怪しからぬことを申しやがって、もぐりとは何が何じゃ!」
「申しやがると申しおったのう。江戸に住まって、この眉間傷知らぬような奴は、もぐりじゃと申すのよ。その方も仲間ならば、出口はあちらじゃ。行けッ」
「た、たわけ申すなッ。鶉《うずら》ひと桝《ます》小判で買って参ったのじゃ。うぬのさし図うけんわい!」
「控えろッ。この小屋は喧嘩場でない。見物が迷惑するゆえ、表へ出いと言うのじゃ。参らねばこれなる眉間傷が今に鼠啼《ねずみな》きいたすぞッ。――行けい! 道が分らねば手伝うてやる! 早う行けい!」
 青白く光らして、柄頭《つかがしら》ぐいとこきあげながらその胸元へ突きつけると、もうどうしようもない。腕には諸羽流《もろはりゅう》の術がある。柄頭ながらそのひと突きは大身槍の穂尖《ほさき》にもまさるのです。腰本治右衛門の顔が盃んだかとみるまに、六人の小侍ともども、ぐいぐいと押されて木戸口から表へ消えました。
 わッと小屋の中は総立の大どよめき。
「兄さん! 兄さん! あれが早乙女の御前さまじゃ。お救い願えてようござりましたな。早う肌をお入れなんし……」
 打ちよろこびながら小芳が手伝って十五郎の肌をおさめさせたところへ、木戸からずいずい主水之介が戻って来ると、裁きに手落ちがない。
「その方たちも出い!」
「でも、あっしたちゃ――」
「売られた喧嘩であろうとも、出入りがあった上は両|成敗《せいばい》じゃ。何かと芝居の邪魔になる。早う出い!」
「なるほど、お裁き、よく分りました。ご尤もでござります――お見物のみなさま、飛んだお騒がせ致しまして相すみませぬ。下総十五郎、おわびいたしまする。小芳! 梅甫さん! 殿様のお裁きに手落ちはねえ。出ましょうよ」
 下総十五郎、背中の野ざらし彫りは伊達ではないとみえるのです。物分りよく立ち去ったあとから小屋のうちは、またひとしきりどッとどよめき立ちました。

       四

「御前。有難うござります! 申しようもござりませぬ。すんでのことに狂言が割れますところを有難うござります!」
 事もなげに舞台の奥へ引き揚げていった主水之介を見てとるや、楽屋姿のまま飛び出して、拝まんばかりに迎えたのは団十郎《なりたや》でした。
「何ともお礼の言いようがござりませぬ。御前なればこそ、怪我人も出ずに納まりましてござります。お礼の申しようもござんせぬ」
「そうでもないのよ。丸く納まったとすればこの眉間傷のお蔭じゃ。身共に礼は要らぬわい!」
「いいえ、左様ではござりませぬ。手前|風情《ふぜい》がご贔屓《ひいき》頂いておりますさえも身の冥加《みょうが》、そのうえ直き直きにあのようなお扱いを頂きまして
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