かすと、槍、槍、槍、四方、八方、槍ばかりです。
三本、四本。
六本、八本。
いずれも短槍《たんそう》でした。
もも立ち取って、すはだしの黒頭巾、しかも侮《あなど》りがたい構えなのです。
無言のままぴたりとその八本が八方から穂先をつけて、じりじりと主水之介の身辺へにじり迫りました。
一五
何者?――
一瞬主水之介の目が、稲妻のように光りました。
御定紋なるかな、御定紋なるかな、と、これある限りたとえいかなる狼藉者といえども、刄向う術《すべ》はあるまいと思われたのに、そのお胸前が眼に入らぬのか、それとも知りつつ不敵な闇討かけたか、もし知ってなお恐れもなく刄向う者ありとしたら、容易ならぬ刺客に違いないのです。
「うろたえ者めがッ。この御定紋、目に入らぬかッ。うかつな真似致すと取りかえしつかぬぞッ」
だが、不敵です。火のような主水之介の一|喝《かつ》も耳に入らぬのか、駕籠先につけたお胸前の葵の御紋は、陸尺たちが取り落して燃え上がっている提灯の火にあかあかと照し出されているというのに、刺客の影はビクともしないのです。ばかりか、無言のままじりッ、じりッと、包囲の環をちぢめて来る。
八方にかこまれたままでは策はない。――今はこれ迄、と機をうかがって、パッと駕籠をはね飛ばすと、主水之介は、開いたその隙をものの見事な一足飛び――が、瞬間、崩れたとみえた短槍の包囲陣は、間もおかず半月形に立ち直って、無言のまま、またもじりじりと、主水之介へつめよせて来ました。
影はやはり八ツ。しかもまことに整然そのものと言いたいみごとな構え、態勢です。
只者ではない!
腰本治右衛門の一味か――、当然起る疑問です。が、それにしては態勢がみごとすぎる。
なら、将軍家の御機嫌を損《そこな》った溝口豊後が主水之介の口を永久に封じて、首尾つくろい直そうと放った刺客か――。
主水之介の眼は不審にきらめきました。鋭く闇に動くその眼に、ふと、更に三つの影が映りました。槍襖の向うから、一つの影に二つの影が守るように寄り添って、じっと形勢を窺っているのです。
「………?」
探るように主水之介の眼は、短槍の列を越えて、向うの三つの影へ喰い入りました。――その真中の影が、殺気をはらんだこの対峙《たいじ》を前にして、これはまた何としたことか、鷹揚《おうよう》そのものといいたいふところ手で、ぬうッと立っているのを見定めた瞬間、何思ったか、主水之介の面ににんまりわいたものは不敵な微笑でした。同時に太い声が放たれました。
「アハ……。おもしろい。お相手仕ろうぞ…」
何ごとか期するところあるに違いない。左手《ゆんで》を丹田に右手《めて》を上向きにつきあげた揚心流水月当身《ようしんりゅうすいげつあてみ》の構え!
――素手《すで》で行こうというのです。しかも、ぐっと相手をにらんだその目の底には、明るい微笑が漂うたままなのです。
「これでまいる! 素手は素手ながら三河ながらの直参旗本、早乙女主水之介が両の拳《こぶし》、真槍《しんそう》白刄《しらは》よりちと手強《てごわ》いぞ。心してまいられい…」
「………」
「臆するには及ばぬ……遠慮も御無用!………額の三カ月傷こわかろうが、とっては食わぬ。腕一杯、踏んで来られたらどうじゃ」
広言にくしとはやったか、右の一槍が、夜目にもしるくスルリと光って、
「えいッ」
裂帛《れつばく》の気合もろともに突っかかったがヒラリ、半身《はんみ》に開いた主水之介の横へ流れて、その穂先は、ぐっと主水之介の小脇にかかえこまれてしまいました。
のばした槍はうかつにはなせない。はなした一瞬、槍ははねかえって、おそろしい石突きの当身が見舞うのは知れたこと、引きもならず、進みもならず、必死と槍の一方にすがってもたついているのを、
「小|癪《しゃく》ッ」
左から一槍が救いに走ってのびたが、また、いけない。寸前かるく体をひねった主水之介の右の小脇に、その穂先までがかいこまれてしまったのです。
「いかが! 敵を即座の楯とする、早乙女主水之介、無手勝流の奥義。お気に召しましたか」
「………」
「そのまま! そのまま! 突いてかかれば二つの槍につかまったお仲間が田楽ざしじゃ。次には同じく早乙女流、追い立て追い落しの秘芸御覧に入れる。――まいるぞ!」
十字に組んだ二本の槍を、ぐいと両脇でかかえなおしたかとみるや、槍先の二人もろ共、わが身もろ共、じりりッと、残る六本の槍襖へ押し迫りました。仲間を楯に来られては、もはや返るより他はないのです。
「賢い! 賢い! はなれず後退《あとさが》りが兵法《へいほう》の妙じゃ! ほら! 一尺! ほら! 二尺! 一人でもはなれたら、この石突きがお見舞い申すぞ! ほら! ほら! 突いてかかればお仲間が田楽ざし
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